とりとりとり4

さっきまでの鳥への激しい憎悪は消え、恐怖心だけが残った。
鳥は殺そうと思えばいつでもぼくを殺すことができる。穴ぼこだらけになったアスファルトを見ればわかる。あの鋭利なくちばしで突かれたらぼくの命なんてすぐになくなる。
鳥はスリーパーホールドをかけられ、殺されかけたことはけろっと忘れたのだろうか。羽をバサバサさせてどことなく機嫌は良さそうだ。

ぼくはもう鳥とは一秒でも早く離れたかったから、鳥の悩みを聞くことにした。話が終われば鳥も満足して帰るだろう。
走って逃げてもよかったが、鳥から逃げられる気がしないし、捕まったが最後、ぼくの命はきっとその場で尽きることになりかねない。

できるだけ鳥を刺激しないように、話を聞きだそうとした。だが、鳥はぼくの話しに耳を貸さず、喉が渇いたのだろうか、羨ましげにぼくのスポーツドリンクを凝視している。
ぼくが首を絞めたから喉が渇いたのだろうか。これはもしかしたら「おまえに首が絞められたから、喉が渇いて仕方ない。殺されたくなかったら飲み物を寄越せ」というサインだろうか。やっぱり怒ってるのだろうか。

ぼくは鳥から視線を外さず、すり足で自販機へ向かった。財布から小銭を出し、暖かいコーヒーと念のため、もう一本スポーツドリンクを購入した。

鳥のもとへ戻り、コーヒーを渡そうとすると、鳥は驚いた感じになり、ありがたそうにコーヒーをぼくの手から奪っていた。コーヒーが好きなのだろうか。

ぼくは鳥がくちばしを開き、真相を語るのを辛抱強く待ち続けた。だが、鳥は美味そうにコーヒーを啜ってばかりで、話を始めようとしない。
たまに言葉を発しても、「マラソンって気持ちいいんですかね?わたし走るの苦手だからよくわからないんですよね」とか「雨男と雪男の違いってなんですか?」とか非常にどうでもいいことしか言わない。

そのまま時は流れ、子供達はいなくなり、高校生達がベンチの裏でタバコを吸っていたり、カップルがベンチに腰掛け見つめ合ったりと、公園の客層も変わり始めた。

「じゃあ、そろそろ帰りますか、寒くなってきましたし」と鳥はいい、羽をバサバサさせたかと思うと、空へ舞い上がっていった。
ぼくは唖然と鳥の消えていった空を見上げた。
いったい何だったのだろうか。ぼくはこれで解放されたのだろうか。いまいち釈然としないまま、たしかに鳥の言う通り寒くなってきたから、帰ることにした。

家に戻ると、鳥の羽がその圧倒的な存在感を主張していたが、ぼくは無性に疲れていたから、まだ早かったけどもう眠ることにした。
もし明日も鳥がインターホンを鳴らしても絶対ドアは開けないようにしよう。でもあのくちばしでドアをつつかれたら、ドアなんてすぐに破壊されてしまうな。来なければいいな、などと考えているうちに、すとんと眠りに落ちていた。


翌日目が覚めて、もしかしたらと期待を胸にキッチンへ行ったが、鳥の羽はなくなったりせずに、相変わらず圧倒的な存在感でアピールしていた。昨日の出来事が夢であることに期待したが、やはり現実のできごとだったようだ。

朝ご飯にベーコンエッグを作っていると、インターホンが押された。鳥だ。きっと鳥だ。ぼくはすぐに火を消し、電気を消し、音を立てないように玄関を除いた。
魚眼レンズに映っているのは、顔なじみの新聞勧誘の若者だ。

また電気を点け、コンロの火を点けると、今度は電話が鳴りだした。
電話に出ると、「鳥です。今日はどうしましょうか。また昨日の公園へいきましょうか?」と鳥からの電話だった。ぼくは言葉を発することも出来ずに、口をパクパクさせることしかできなかった。