アクイ3

翌日も幹男は登校してこなかった。顔を合わせたくなかったから好都合だったが、机の中に溜まっていくプリントが気になる。

おねだり当番はあと二日。どうか今日と明日はプリントが少ないようにと祈った。


放課後、担任に幹男の状態を聞かれ、元気そうでしたよ、と答えたら、じゃあなんで登校してこないんだ?と言われた。そんなもん俺だって知らん。

なにか変わった様子はなかったかと聞かれ、答えに窮した。

昨日の光景が頭をよぎる。

病的な部屋、【アクイ】だと言って羊羹を自慢する。羊羹を食べたら狂った。

間違いなくあれは変人だ。これまでの人生の中で一番の変人だ。

だが、担任に説明するのもめんどくさいし、なんて説明をしたらいいのか言葉にできなかったから、普通でしたよ、と言っておいた。


教室に戻ると二木男は既に帰った後だった。最近付き合いが悪い。昨日の幹男のことを話したかったのに。


家に帰って、机の奥にしまわれ、滅多に開かない国語辞書を開いてみた。

「あ」の項を探す。あった。悪意。

(1)他人に害を与えようとする心。他人を憎む心。わるぎ。わるげ。

(2)わるい意味。意地のわるい見方。

(3)〔法〕
(ア)一定の事実を知っていること。法律上の効果に影響する場合がある。例えば、ある取引について存在する特殊の事情を知っている第三者を「悪意の第三者」という。道徳的善悪とは別のもの。
(イ)他人を害する意思。

概ねなんとなく思っていたことと大差ない。

なら幹男の言っていた【アクイ】とはなんだったのか。

目に見える【アクイ】とか言っていたけど、明らかにただの羊羹だったし、味も完全に羊羹だった。


くだらない、と笑い飛ばすようなことだ。羊羹を羊羹と思わない奴から羊羹を奪って食ってやった。くだらない話だ。

だが、だがと思う。なんで食ったんだ、俺は。

あのときの自分の精神状態が思い出せない。思い返せば思い返すほど混乱する。


普通だったら笑ってお終いだろ。若しくは気持ち悪いから無視するだろ。奪って食べるなんて選択肢を自分が選ぶなんて俺には信じられなかった。

あれは本当に羊羹だったのか。羊羹だったと記憶はしているが、本当に羊羹の味がしたのかはもう覚えていない。

【アクイ】って食べたらどうなってしまうのか。もう幹男の妄想を笑い飛ばせなくなっていた。


翌日も幹男は来なかった。ホッとする。顔を合わせてどういうスタンスを取ればいいのかわからない。

だけどこれでまた家に行けと言われたら終わりだ。

今日は金曜だからまずないとは思うが全身全霊で祈った。担任からお呼びがかからないことを。

祈りが通じたのか、担任からはなにも話はなかった。胸を撫で下ろしたが、来週からどうすればいいのか。ちょっと恥ずかしいけど、二木男に話をすることにした。
こんな気持ち悪い問題を一人で抱えていたくなかった。

「二木男、一緒に帰ろうぜ」

二木男を誘うと、やはり相変わらず元気がない。コクンと頷いただけだった。なんなのよ、もう。

帰り道もなんか元気がない。こっちはさもあまり気にしていない風な感で相談したいのに、こうもテンションが低いとなんか真剣に受け取られそうでなかなか本題に入れない。いや、真剣なんだけどさ。



「なあ、【アクイ】って知ってるか?」


会話が途切れたときに、二木男がそう切り出した。なんの冗談だ。