アクイ5

学校へ着くと、なにやら教室がガヤガヤしていた。

この時間だとまだ登校しているのはクラスの三分の二程度だが、みんなが一致団結してガヤガヤしてる。

こういったことはたまにある。転入生が来るとか、誰かが死んだとかそういうときに。

でもまだ転入生は来たことないし、死人が出たこともない。

まあ、今日はきっとなにかあったんだろう。


そういえば幹男はこういうときも決して話の輪の中に加わって来ることはなかった。

我関せずの幹男。お前は部屋でネルネルネールとでもやっとけばいいんだ、あんなクソ野郎は。

しかしなにを浮ついてやがんだ。


後ろの席に座る近藤君に、なにがあったのか聞くと幹男が転校するらしいと言う。

なるほど、幹男が転校ね。



いやいや、待てよ、困るよ。こっちゃあ意味わかんない気味悪いもん食わされて困ってんだから。心底。ふざけんじゃねーよ、殺すぞ。マジで。


沸々と湧き上がる誰を対象としたかも漠然とした殺意を腹に抱え、近藤君に詳しく聞くも、近藤君も詳しく知らないらしい。使えない奴。


担任から朝のホームルームで幹男転校の話が出た。

「ご家庭の事情で三木田君が転校することになりました。急な転校で先生も驚いています。それと残念なことに急を要するとのこで転校の挨拶もできないようです。」



俺はどうすればよいのか。このまま腹によくわからない一物を抱えて生きるのか。それって、どうしよう。



「…みがあります」



担任の話を聞いていなかったが、まだ幹男の話が続いているらしかった。なにがあるって?



「3年2組のみんなへ。突然の転校でごめん。本当はみんなの前でさよならの挨拶をしたかったけど、こんな形でさよならする僕を許してほしい。2年のときの鎌倉の修学旅行を憶えているかな?ぼくはあの日の出来事、空の色、みんなの笑顔とかが今も目を閉じると瞼の裏に鮮明に甦ってきます。中でも一番楽しかったのが夜のまくら投げ大会。誰からとなく隣の寝てるやつに枕を叩きつけてということをしていたらなんだか妙に笑えてきて、妙にテンションが上がっちゃって大騒ぎしていたら、部屋のドアがバーンと開いて先生が仁王立ちで立って「うるせー!」って怒鳴られました。今この手紙はきっと先生が読んでくれているんだろうから、ごめんなさいだけど、あの後もぼくらは笑いをかみ殺して夜のまくら投げ大会を続行していました。ごめんなさい、先生」



ここでクラスに笑いが弾ける。は?



「なんか読み返してみてもなにが言いたいのかよくわからない手紙になってしまったけど、ぼくは本当に3年2組の一員で嬉しかったです。新しい学校のクラスも同じ3年2組になります。だけど、みんなと過ごした3年2組とは違う。みんなだったから楽しかった、嬉しかった、本当に本当に淋しいです。でも淋しい気持ち以上に楽しかった思い出の方がすごい多いからぼくはこれからも前を向いて歩いていける。こんな3年の一学期にみんなと離れ離れになるなんてすごく悲しいけど、この思い出があるからぼくはがんばっていきたい。いや、がんばっていける。
みんな、本当に本当にありがとう。ありがとうという言葉しか出て来ません。本当にありがとう。最期に先生。こんなあまり言うことも聞かないようなぼくに暖かく、ときに厳しく接してくれてありがとございました。先生が担任でよかった。本当に3年2組でよかった。みんな、またいつか会おうね」



クラスの女子のほとんどがハンカチを目に当てて泣いている。担任も少し涙ぐんでいる。男子もなんかを我慢している。


え?



まくら投げ?3年間の思い出?あいつは修学旅行に来てはいたけど、いつもどおり一人で行動していたし、夜もあいつのことなんかほっておいて女子の部屋に遊びにいったじゃねーか。そこで担任に仁王立ちで怒られたのは同じだ。

でもまくら投げってなんだ?俺らそのとき中二の男だぜ。誰がまくら投げなんかやるんだよ。やるわけねーじゃねーか。気持ち悪い。


あの手紙の差出人はいったい誰だ?

あまりにも幹男というあのいつもつまらなさそうな顔をしていた男と今の手紙の差出人とがかけ離れ過ぎていて、なんだか、なんかよくわからない。混乱した。


手紙はそれで終わったらしく、教室からは女子の鼻をすすりあげる音しか聞こえない。


「なあ、幹男にさよならを言いに行こうぜ!」


クラス一やんちゃな山田君が急に変なこと言い出した。


取り巻き達が、口々にいいね、いいね、なんて言ってる。なんか女子も乗り気だ。担任は俺は聞いてないからな、みたいなむかつくスカし顔をしてる。


お前らなんなんだよ。幹男なんか完全な空気だったじゃねえか。なんで今の手紙に疑問を持たない。なんで幹男と手紙が一致する。


クラスを見渡す。

背筋がぬるりとした。

俺だけなのか?