イボにまつわるetc


たまには昔の話でも。


まずは、学生時代のぼくのあだ名をここに晒そう。
小学校のときは「イボッチ」、中学校のときは「イボペン」「イボさん」「イボ神さま」、高校生のときは「イボ毛」だった。
そう、ぼくの青春時代はイボとともにあった。
顔面にイボがない人にはいまいちピンと来ないかもしれないが、あのイボというのは、相当にやっかいだ。
存在感がとんでもないのである。あの圧倒的存在感の前では、眼鏡だとか、チビだとか、デブなんてものはほんの些細な特徴でしかない。

分かるだろうか、すれ違う人に二度見される不快さが。分かるだろうか、腫れ物に触れるように扱われる疎外感が。
前なにかのテレビで、スマップの香取真吾が女装した際にスカートから伸びる足を舐めるように見る男の視線にはすぐに気付くし、気持ちが悪い、というようなことを言っていた。それはきっと男からすれば無意識の行為なのか、気付かれないように盗み見ているのか、無意識に気付かれないように盗み見ているのか判然としないが、スカートを履いている人からすれば、その熱視線はもろにばれている。
人の視線というのは鋭利な凶器となる。ぼくの左頬のイボは常にその視線に晒されてきた。その視線に気付くたびに、ぼくは唇をかみ締め、拳を握り、怒りを抑えてきた。

あるとき、ある人がぼくにこう言った。
「そんなに我慢していたら疲れちゃうから、嫌なことは嫌って言った方がいいよ」
なんて浅はかなことを述べるのかと、ぼくはたしかファミレスだったと思ったが、席からずっこけそうになったものだ。
どのように「嫌!」という意思表示をすればいいと思っているのか。
「おれのイボを見るな!」と言えばいいのか、「おれのイボを悪く言うな!!」と言えばいいのか。
口に出すことによってより一層惨めな気分になるということが世の中にはある、ということを理解していない。当時ぼくはたしか16歳だか17歳だったが、その同い年の彼を相当見下した。自分のイボの存在も忘れて憐れんだ。それ以来彼とは疎遠になった。


話をあだ名に戻そう。
まずは小学校のときの「イボッチ」。これにはそれほど「負」のイメージは付きまとわない。今思えば「イノッチ」みたいでキャッチーな感じではないか。
この頃のあだ名の由来なんて単純なものである。ぼくの通っていた小学校では男子はほぼ「○○(名前)ッチ」というあだ名で統一されていた。例えば石井君(仮)であれば「イシッチ」だし、岡田君(仮)であれば「オカッチ」という具合に。順当にいけばぼくの場合「タムッチ」となる筈であったのに、与えられたあだ名は「イボッチ」だった。「イボ」なんて言葉はぼくのフルネームでどこにも含まれてはいない。
「○○ッチ」というあだ名という括りではぼくも輪の中に含まれてはいたが、○○がぼくだけ名前ではなく、身体的特徴であった。


中学校のあだ名である「イボペン」も、概ね小学校のときのあだ名の由来と同じである。
「○○(名前)ペン」というあだ名で統一されており、例えば石井君(仮)であれば「いしペン」だし…(以下略)
中学となるとぼくも恋をした。もちろん小学校のときも恋はしていたが、小学校の恋のようにお花畑的な恋ではなく、おっぱいであるとか、スカートから伸びるすらりとした足であるとか、正体不明な「あそこ」であるとかそういった肉体を加味した上でのリアルな妄想にも繋がる恋である。
ただ中学となるとそういうリアルな恋を知ることができるとともに、不要なあいつがその全容を現す。バイオレンスである。ぼくのイボはバイオレンスの格好の餌食となった。

イボをサインペン(赤)で塗潰されたり、エンガチョ的な感じであったり、イボダーツという今思い出してもぞっとすることをされたりと、ぼくの周りには不良が絶えなかった。だがある意味常に一緒にいたことで、いつしか情が芽生え、そのいじめはいじりとなり、「イボ!」と追いかけれていたのが、とんえるずのやっていた番組の「イボ愛子」が追い風となり、いつしか「イボさん」と崇拝される側に収まり、ぼくと不良たちの共同開発による「第一搾り汁(水を入れたコップをイボのある左頬に隙間のないようにくっつけ、そのまま頭をシェイクした水)」は神聖な水として拝められたりした。
もちろん不良たちは第一搾り汁を飲んだりすることはなく、ぼくでない誰かをいじめる武器として活用していたが。

だが、不良たちが「第一搾り汁」をぶっかけたり、飲ませようとさせているのをよしと思わず、止めに入る勇気ある人がいた。ぼくが肉体を加味した上でのリアルな恋心を抱いている女の子だった。

「嫌がってるじゃない!やめなさいよ!」

心がズキリと痛んだ。

「そんなもの飲めるわけないじゃない!ちょっとかけないでよ!」

心がズキリと痛んだ。

「やめて!やめて!お願いだからやめて!!…ぐす、えーん、えーん」

心がズキリと痛んだ。


不良たちは「第一搾り汁をなめんなよ!さあイボさん、この女に第一搾り汁ぶっかけてやりましょうぜ!」と期待した目をして言う。
ぼくが肉体を加味した上でのリアルな恋心を抱いている女の子はぼくの姿を確認すると「っひ!」と悲鳴を上げ、後ずさった。不良たちは「清浄!清浄!」と女の子を囲み阿波踊りを踊っている。
ここで女の子にぶっかければ、ぼくの淡い恋は儚く散ってゆく。だが、それを断ればバイオレンス達の矛先がまた自分に向かうかもしれない。
悩んだ挙句、ぼくが取った行動は第一搾り汁を自分で飲み干すことだった。その場にいた全員が目を丸くしていた。

飲み終わるとぼくは「イボッ」としゃっくりをした。もちろん小芝居だ。
その「イボッ」しゃっくりを3度程繰り返すと、不良たちが「やべー!イボさんがイボに取り憑かれた!」と大騒ぎを始めた。
どうにか丸く収まった、と安堵し、女の子を一瞥すると、恐怖で顔が青くなり、ぼくと目が合うと走って逃げ出した。初めからなにも手に入れてなどいないから、失ったものもなにもない。けれどひどく、ひどく寂しい気持ちになった。


その後ぼくの「イボッ」しゃっくりは、学校の伝説となり、第一搾り汁を作成できるぼくと不良たちは、学校を掌中に収めた。誰も逆らってくる者はいない。不良たちにみならず、全校生徒がぼくのことを神聖視した。
いつしか、ぼくは全校生徒にこう呼ばれるようになった。
「イボ神さま」と。




次回「イボとの決別!」
気が向いたら書くんでお楽しみに!