とりとりとり1

「ピンポーン」

玄関を開けると、でっかい鳥がいた。体全体が緑っぽい羽で覆われ、くちばしが赤くてトサカはない。目玉はビー玉みたいに鈍い光を放っている。体長はぼくより頭三つ分くらい大きそうだから、200キロくらいあるのではないか。

「こんにちは、鳥です。困ったことになりまして」

鳥は少し申し訳なさそうに話し始めた。

「実は……できちゃったみたいなんです、どうしたらいいでしょう?」

どうしたらいいかと相談されても、と思ったが、鳥は心底困っているように見えた。少し震えてもいるようだ。

ぼくは少し悩んだ結果、玄関の扉を開いた。

鳥は一瞬嬉しそうにしたが、すぐに項垂れた。

そうか、その体では通れないのか。それは悪いことをしてしまった。それなら、ここから歩いて3分くらいのところに大きな公園があるからそこに行くことにしよう。

少し待って欲しい旨を伝え、部屋に戻った。

外に出るためにはある程度の準備が必要だ。ぼくだってそれくらいの常識は持ち併せている。

まず、寝癖だらけの髪の毛を櫛で梳かし、寝巻きを脱いだ。外出用の服を用意して、迷ったけどパンツも変えることにした。目に見えないところにこそ身だしなみはきちんとしなくてはならない。

歯を磨きながら、玄関を開けると、鳥はさっきまでと変わらず、大きな体をぶるぶると震わせて、縮こまっていた。寒いのだろうか。なにか防寒着を与えるべきかもしれない、と思ったが、鳥が着られるような防寒着はあいにく我が家にはない。毛布ならちょうどいいかもしれないが、それは鳥にだってプライドはあるだろう。毛布を引きずって歩きたくなんかないだろう、と思い、防寒着は諦めた。

でも鳥に対して申し訳ないと思っていることは鳥に伝わって欲しい。ぼくだってなにか防寒着があれば与えたいが、ないから仕方ないんだ。

マフラーと手袋をつけて、玄関のドアノブに手をかけたが、マフラーと手袋は外すことにした。こうしたって鳥の寒さは変わらないだろうけど、なんとなく、ぼくは鳥のためにそうしたかった。

玄関を開けると、鳥はまるでたまごを温めているかのように座っていた。ぼくが声をかけると羽をバサバサさせて立ち上がった。その拍子に熱帯雨林の大きな葉っぱのような羽が廊下に散乱してしまい、ぼくはその羽根を一枚一枚回収する破目になった。さすがにこんなに大きな羽を廊下に放置したまま外出することはできない。一枚一枚回収し、重ねて部屋のキッチンに放り込んだ。

「ご迷惑をおかけします」

鳥は完全に縮こまっていた。それでもでかいが。

足元に目をやると、鳥の細い足が見えた。ぼくの腕とあまり変わらないような細さだ。あんな細い足でよくこのでかい体を支えられているものだと感心した。



一体どのようにしてこの3階まで辿り着いたのだろうか。鳥は階段を一段降りるたびに苦しそうな悲鳴のような声を喉から漏らしている。

「ゲェー、グェェ…」

こっちの気が滅入ってくるような声だ。振り返って鳥の足元を見ると、いつ折れてもおかしくないのではないかと思うほど、足に負荷が掛かっているように見えた。

どうやって3階まで上がってきたのかを尋ねた。

「……歩いてきました…」

鳥もこうやって人間のように平気な顔をして嘘をつくものなのか。僕は少し悲しくなった。

ぼくの憐憫の情を感じ取ってか、すぐに言い直した。

「すみません、ほんとは飛んで上がりました」

それはそうだろう。この階段のあり様を見れば、ぼくにだって飛んできたことくらいはすぐに分かる。階段には大きな羽が散乱している。

なぜ下りるときは飛ばないのかを尋ねた。

「わたしが飛ぶとものすごい量の羽が散乱しますから。最近抜け羽が多いんです」

確かに階段には凄い量の羽が散乱している。今更飛ぼうが飛ぶまいが廊下に散乱している羽がなくなるわけではないし、ぼくは鳥の苦しそうな今にも死にそうな声をこれ以上聞きたくなかったから、飛んでもよいと許可を出した。

鳥は一瞬信じられないという顔をした。いや、鳥の顔に表情なんてないから、信じられないという雰囲気を醸し出した。

「ホホホーイ!」

鳥は突然奇声を上げると、羽をバサリ!と広げ狭い階段を器用に飛んで下りていった。重量感のある羽が何枚か、鳥のいなくなった階段にバサバサと音を立てて落ちていった。