回転

周りの奴らは、開店の合図とともに競走馬のようにいっせいにハンドルにしがみつく。俺はそんな真似しない。まずは一服。この開店と同時にタバコを燻らせるのが大事だ。
まず落ち着いて周りを見渡すことができる。あのばばあは今日負けたら首を括るんじゃないかとか、あの女いい女だなとかいろんなものを冷静に眺めることができる。冷静に見ればいい大人がみんな必死になってハンドルを握り締めている様は無様だ。こんなことでこの国は大丈夫なのかと心配になる。
そしてもう一つ。俺は大当たりを引くまでタバコは吸わないようにしている。正確に言えば時短を抜けるまではタバコに火を付けない。
俺は確変を引いた場合、確変中は大当たりしたときと同じことをしなければ確変が終わってしまうという強迫観念に襲われる。コーヒーを飲んでいたら、コーヒーを飲み続けないとならないし、タバコを吸っていたらタバコを吸い続けないとならない。
自分でも馬鹿らしいと思うが、これまでそのルールを破って確変が継続したことは一度もない。そう、本当に一度もない。
だからタバコは勝負の最中には吸うことができない。
喉が痛くなるとかそんな理由であれば、吸い続けるが、そんな軟弱な理由ではない。タバコは1箱に20本しか入っていない。だから20連チャン以上できない。そこが俺をタバコから遠のかせる。
自販機はある。おれはちゃんとタスポも持っているから、自販機で買うことが出来る。だが買えない。なぜか、それは俺はパチンコをするにあたってはもう一つのルールを自分に科しているからだ。
もう一つのルール。それは確変中は席を立たないというルール。一度確変を引いたら、時短抜けするまで絶対に席を立たない。
ションベンに行きたくてもウンコしたくてもひたすら我慢する。だがさすがにホールで汚物を垂れ流すわけにはいかないから、もうどうにも我慢が出来なくなったら席を立つこともある。すっきりしたところで打ち始めると、確実に確変は終了する。確実に、だ。だから俺がトイレに行くことはすなわち金を棄てるということになる。だったら我慢するし、通常時に少しでもトイレに行きたいと思ったら、迷わず即席を立つようにしている。後悔はしたくないからな。
欲しいものをなんの痛みも伴わずに手に入れようなんて虫が良すぎる。だから俺は自分にルールを科す。俺のパチンコは痛みを伴う。そこらのガキ共とは懸けているモノが違う。
タバコを棄て、ハンドルを握る。まだ初当たりは誰もいない。最初に初当たりを引くのはこの俺だ。

しかし回らない。どうなってるんだ。4000円突っ込んで回転数38回。1000円あたり10回も回っていない。保留が1つでもあればうれしいくらいだ。
隣の女の台はブンブン回っている。さっきから首をひねって釘を見る仕草を繰り返しているが、さすがにもうこんな仕草をしても意味がない。回らない。空き台は…ない。まだ開店から30分も経っていない。持ちこたえてくれ、財布よ。