第2話「的」

前を走る女は階段を駆け上がっていった。駆け上がってまで2階に行きたい理由…それは一昨日導入された「CR STARWARSダース・ベイダー降臨」をやる以外にないだろう。
これはほんとに隣に座れるかもしれない。空いてる電車内でいい女の隣に座ったら、警戒されるだけだが、パチンコ屋なら警戒もされない。データでもチェックして、まあいいだろうという感じでうんうんと頷きさえすればなにも変なところはない。むしろ、「できる男」という眼差しを向けられるかもしれない。

予想通り女は「CR STARWARSダース・ベイダー降臨」のシマでウロウロしだした。なかなかやる台が決まらないようだ。そうこうするうちに8番のサラリーマンを筆頭に、3人くらいが流れ込んできた。まだ空き台に余裕はあるが、そろそろ決めて欲しい。まだ決まらない。なにやってんだ。早くしろよクソが。もう半分近くが埋まってきた。

ようやく女は端から2番目の台に腰を落ち着けた。怪しまれないようにデータをチェックしていたが、女の隣の台はまったくチェックしていなかった。さっきまであんなに念入りにチェックしていた男が、まったくのノーチェックの台に座るのはどんなもんか、と思ったのは女の隣に座ってからだった。女は軽く一瞥を寄越したが、特に気にした様子もなかった。

まあ、当初の目的は果たせた。いや、当初の目的は「CR STARWARSダース・ベイダー降臨」をやることだけだったのだから、いい女の隣に座れたというオプションが上乗せされた分、これはツイているのではないか。目線を上げて、過去の履歴を見ると、驚いた。前日の大当たり回数52回に前々日49回なっている。52回と49回!?多くないか?多すぎじゃあないのか?
データ至上主義をモットーとする俺は、前日に爆発した台は好まない。前日に爆発した台が、翌日もまた爆発したら、いい客引きにはなるが、俺のこれまでの統計上3日以上連続して爆発する台は、10%以下、2日続けて連続して爆発するのは30%と極めて低い。なにごともバランスが取られる。爆発はいつかは収束される。

ただそうは言っても、まだ導入3日目だから、なにが起きるかは分からない。他の台を見ても、期待の新台ということで、大当たり回数は多い。だが俺の台ほどではない。やはり贔屓目で見てもこの出方は異常だ。しかし今更席を移ろうにも、もう空台はない。クソったれ。

後悔していてももう賽は投げられてしまった。となればトイレに行くしかない。
俺はこの店で勝負をするときは必ず打ち始め前にトイレに行くことにしている。
勝負開始のゴングが鳴るのは開店前に並んでいるときでもないし、整理券をもらうときでもハンドルを握ったときでもない。勝負はこの打ち始め前のトイレから始まる。

この店の男性用の小便器は3つあり、小便を小便器以外に巻き散らかさないためか、ぶっ放す場所に的が付けられている。それは三重丸が付けられているタイプと、的の場所に777とが付けられているものと二種類のタイプがあり、3つのうち2つは三重丸で、残る一つが777だ。
1つだけある777で用を足せるかどうかでこの後の勝負は大きく変わってくる、という俺の中のジンクスがある。777で小便を出来た場合はその後100回転以内に大当たりを引くことが出来るが、777以外で小便をするとしばらく当たりは引けない。
ここで重要なのは、777が空いていないからといって待つことをしてはいけないところだ。空くまで待って777で小便をしても、御利益はないし、逆にズルをしたと運の神様から見放されてしまう、と信じている。
トイレに入ると両端が空いていた。真ん中が777、両端は三重丸だから、しばらくは当たりが引けないかもしれない。だが落ち込むことはない、まだ勝負は始まったばかりなのだから。時間はたっぷりとある。逆にその方がバランスもいい。始まってすぐに大当たりを引くとこれまでの経験上ろくなことはない。

俺は小便を三重丸にぶっかけ、席に戻る。隣の女はケータイを弄っている。肩のラインがセクシーだ。
財布から一万円札を取り出し、機械に飲み込ませたとき、勝負の始まりを告げるファンファーレが店内に響き渡った。