アクイ1

「なあ、お前【アクイ】って見たことあるか?」



うちの中学は最近【アクイ】の話題でもちきりだ。こないだ入学したばかりの一年も廊下で【アクイ】の話をしていた。どうせ嘘だろうが、「昨日【アクイ】を見た!」なんて得意気に喋ってるチビがいた。

これだけ全校的に話題になっているが、本当に【アクイ】のことを知ってる奴はきっと全校の一割にも満たないのではないか。
まず騒いでる奴は間違いなく知らない。誰かが話してるのを聞いて、取り残されないために知った風を装っているだけだろう。
試しに「【アクイ】ってなに?」って聞いてみればすぐにわかる。答えられる奴はいないから。
俺はどうかって?俺も答えられないよ。よくわかんないもん。だけど騒いでる奴と違うのは【アクイ】を見たことがあるってことと、こないだ【アクイ】を食べたってことだ。



教室で前の席に座る三木田幹男が、風邪で三日連続で学校を休んでいた。三日間分のプリントが机の中にたまっている。
まずいな。今週の「おねだり係」は俺だった。
うちの中学では週交代で「おねだり係」というクソめんどくさい当番が回ってくる。
当番の仕事はとりあえずなんでもだ。黒板拭き、号令、教師からの伝達を伝える等となんでもありで、その中には休んでいるクラスメートにプリントを届けることと病状確認をするというのも含まれている。
要は教師が生徒にめんどくさいこと全部おねだりして押し付けているだけ。「おねだり係」の週はクソ最悪な一週間となる。


危惧していた通り、帰り際に担任から幹男の家にプリントを届けるよう言われた。


幹男、あいつ苦手なんだよな。いっつもクソつまんねえみたいな顔してるし、話しかけても聞いてんだか聞いてないんだかポクポク頷いてるだけだし。あいつが笑っているところを見たことがない。ほんとにクソつまんねえ奴。


一人で行くのが嫌だったから、二木男を誘ったら「今日はちょっと…」なんて言葉を濁して断られた。
いつもだったらなんも考えないでぽーんと付いてくるのに。まったくどうかしている。
こうなったら仕方ない、さっと行って、ちょろっと顔だけ見てすぐに帰ろう。たいして親しくもないクラスメートの家に一人で行かないとならないなんてどんな罰ゲームよ。


幹男の家はとことんでかかった。そんじょそこらのでかい家じゃない。パルテノン神殿みたいな家だった。あいつ金持ちだったのかよ。入口はどこよ。
家の周りをぐるっと回りインターホンを見付けた。回っている途中に家の敷地内にでっかいプールとでっかいビニールハウスがあった。金持ちの考えることはよくわからん。


「はーい」
インターホンからそんじょそこらのおばさんの声が聞こえて一安心。
「幹男くんのクラスメートの市来ですが、プリント持ってきました」
「どうぞ入って」
と声がしたと同時に、ウィーン、と門が自動で開いた。すげー。


幹男の母親は声同様にそんじょそこらのおばさん顔だった。すぐに帰りたかったけど、羊羹とプリンとお茶が出てきたから取りあえずいただいた。うまい。やっぱり金持ちはうまいもん食ってやがる。おばさんは俺が食べてるのをニコニコしながら見ている。
プリントを渡して、幹男の風邪の容体を尋ねたら、さっきまでニコニコしてたのに急に神妙そうな顔をして「あの子と会ってくれない?」なんて言ってきた。
あー、やばいなこれは。あれだ。なんかのフラグだ。なんかこんなんテレビドラマで見たことある気がする。
だけどここで断ったらただの羊羹とプリンを食べただけの人で終わってしまって、なんかそれもいかがなものかと思ったから幹男の部屋へと顔を出すことにした。
幹男の部屋は二階の角の部屋にあった。「MikioのHeya」と木製のプラカードみたいのが、ドアにぶら下がっている。